ジョージアの歴史都市Telaviに立つ堂々たるErekle IIの姿は、国の王家の過去を象徴する不動の存在です。Merab Merabishviliによって精巧に造られた高さ8.5メートルのブロンズ像は1971年以降この街を見守り、彼の輝かしい治世への印象的な賛辞となっています。
Heraclius II(Erekle II、"The Little Kakhetian"とも呼ばれる)はバグラティオニ王朝の重要な君主で、1744年から1762年までカヘティを治め、1762年から1798年の死去までカルトリとカヘティの両地域を統治しました。彼の治世はジョージア王政の終焉に至る一連の出来事の総仕上げとして称えられます。
忠誠への報酬としてNader Shahから王位を授けられたErekle IIは、事実上の独立君主として台頭しました。彼は政府・経済・軍制の近代化を試み、ジョージア社会に大きな変革をもたらしましたが、内外の脅威に直面し、1783年に王国を正式にロシアの保護下に置きました。それでも1795年には壊滅的なペルシアの侵攻がジョージアを襲いました。
史料によって呼称は異なり、ペルシア資料ではErekli Khan、ロシア語ではIraklyと記されます。Heracliusはラテン化された形であり、ErekleやIrakliはいずれもこのギリシア名に由来するジョージア語の呼び名です。
今日、TelaviのErekle II像は偉大な指導者をたたえる記念碑であると同時に、ジョージアの豊かで複雑な歴史を思い起こさせる象徴です。Telaviを代表する誇りの一つとして、ジョージア文化に宿る不屈の精神と決意を体現しています。
